「アスベストによる公害紛争処理対応のための基礎調査報告書」  書 評

    財団法人 地球環境戦略研究機関  特別顧問 森島 昭夫

 アスベスト(石綿)ばく露被害は、わが国でも、すでに1960年代には注目されているが、問題としては、石綿を取扱う労働者の労働災害としてであった。周知のように、米国では1960年代には石綿をめぐる労働者の集団訴訟が提起されており、国際社会では、1986年採択のILO石綿条約が労働安全衛生管理の立場から石綿の製造使用の禁止措置等を規定している。わが国でも、遅ればせながら1995年以降、労働安全衛生法の改正を始め、石綿の使用規制・禁止措置をとってきた(条約の批准は、2005年)が、その間1970年代から1980年代は、毎年25〜35万トンの石綿を輸入し、使用しており、2004年でも8千トン余りを輸入している。
 石綿は、耐火性、耐熱・電気絶縁性などに優れていることから、わが国では、9割以上が建築用材に用いられており、1960年代70年代の小中学校等の公共建築物や工場等の吹付け石綿や内装材等の石綿含有建築用資材に大量に石綿が使用された。1987年には、吹付け石綿の剥離が建物利用者の健康に及ぼす影響が社会的に大きな問題となり、東京都が石綿使用建物の対策に乗り出した。国も法一部改正や通達などの行政措置によって建物工事や解体のさいの石綿粉じんの飛散防止対策を講じている。
 今回改めてアスベストが大きな社会的問題となったのは、2005年7月ある新聞社が石綿を取り扱っていた大手機械メーカー「クボタ」旧神埼工場(兵庫県尼崎)の周辺住民が工場から排出された石綿によって中皮腫に罹患し、死亡者もいることを報じたことがきっかけであった。新聞・TVが連日のように報道し、さらに「クボタ」だけではなく、奈良県の建材メーカー「ニチアス」の工場周辺でも住民に被害があり、また、佐賀県や熊本県でも同種の事例が報じられて、石綿の周辺住民被害(公害被害)が政治問題として国会で取り上げられるに及んで、政府(環境省)は、急遽「石綿による健康被害の救済に関する法律」を作り、2006年2月の国会でこの法律は成立した。
 本報告書「アスベストによる公害紛争処理対応のための基礎調査」は、石綿被害についての以上述べたような背景を前提にして編集されている。石綿についての物理化学的特性、生産使用量、医学的知見、測定方法、リスク、これらの情報は専門家にとっては不十分なものであろうが、被害救済あるいは紛争処理の前提となる基礎知識として、参考文献も含めて要領よくまとめられており、便利である。石綿に関する法的諸規制については、公害(対周辺住民)だけでなく、労働安全衛生についても含まれているが、利用する側で、両者の性質の違いを認識したうえで、両者の規制のあり方を比較し利用することが大事である。新聞掲載事例や訴訟事例については、インターネット検索によって網羅的に調査されており、便利である。しかし、読者は、それぞれの事例で、誰が、誰に対して、どのような内容のクレームを出しているのか違いを見極めて利用する必要がある。
 いずれにしても、本報告書は、この分野で初めての網羅的な情報資料であり、紛争解決にあたろうとする者にとっても、また紛争当事者にとっても、高い利用価値があるであろう。しかし、情報が事項ごとに平面的に並べられており、読者の方に、石綿問題の社会的背景について予備知識がないと、それぞれの資料の位置づけが分かりにくいかもしれない。ここで、本報告書の紹介の前に長々しく石綿問題の背景を述べたのは、本書の全体の構造を読者に理解していただく一助となることを願ったからである。

平成19年4月 

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